第26回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第26回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
伝えたいという気持ちがあれば、伝わるとわかった
本人にも作品にも、脆そうに見えて芯の強さがある
■日時 2006年2月16日(木)18:10〜20:40
■会場 リクルートG7ビル B1セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2006年2月13日(月)〜3月2日(木)
●「作品の背景にあるものをプレゼンテーションで聞きたい」
午後6時をまわって審査会場が一般見学者で埋め尽くされる中、やや緊張ぎみに10名の出品者が入場してくる。それから少しの間があって、今回初めて審査員を務める井筒さんと服部さんを含めた5人の審査員が席に着き、いよいよ第26回グラフィックアート『ひとつぼ展』のグランプリを決める公開二次審査会が始まった。まずは、ポートフォリオをもとに選ばれた出品者ひとりひとりが順に自身の展示作品について説明を行った。プレゼンテーションの概略は以下の通り。
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原田
いろいろな部屋の絵を、視点や角度を変えてみたり展開図にしてみたりして描いた。私はピカソが好きで、彼のユニークな視点を自分の絵に応用してみた。絵の中の部屋の外には山を描いているが、それぞれに山の表情が違うのでおもしろいと思った。一年後の個展のプランは今回とは異なる一つの部屋を、視点を変えて展開したい。
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七字
私はいつも現実と空想の世界をつなぐ扉になるような絵を描きたいと思っている。今回の作品では、日常を大胆に飛躍させた理想の世界を表現した。この展示は一年後の個展のプロローグとして考えたもの。もしグランプリを受賞したら、女の子のキャラクターをもっと空間に遊ばせる展示にしたい。そんなイメージが頭の中にはある。
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YUKARINA
ドイリーは細いレースを編んで作られていて、コースターやクッションに使われている。人物や動物、植物といったモチーフを描き、繊細で美しくて脆そうでいて強い部分があったり、またその逆だったりという感情を伝えたいと思った。1点を描くのに、だいたい10時間くらいはかかっている。
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山下
ここに描かれているのは、現実にはない私の記憶の中の顔。記憶は動き変化し続けるので、顔は強調されたり削られたりしてデフォルメされる。歪んだ記憶や削ぎ落とされた記憶をもとに、曖昧なFACEを表現したかった。一年後の個展プランは、会場のスペースいっぱいを使って、インパクトの強い作品展示 をやりたい。
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金子
私の作品には完成図がない。何度も何度も視点を変えながら作品をつくり上げていく。そんな即興の積み重ねから思わずハッとする瞬間が現れるのを期待している。個展では壁面に自由にドローイングしたり、大きなテーブルに作品を並べたり、制作の過程そのものを展示したりしたい。
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村井
日常的にカメラを持ち歩き、気になったものを撮りためている。その写真に色を塗ったりコラージュすることで、何か新しい物語を見つけ出そうと思っている。今回の作品の元のイメージになっているのは、私が見た夢。私の頭の中をさまよっている断片を表現したいと思った。カラフルな絵でスペースを埋め尽くすような個展にしたい。
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堀川
なぜか建物が好き。今一番好きな建物を2つ選んで絵を描いた。ひとつは、いつも車窓から見る水路の記憶。もうひとつは、姫路城をイメージした。今までとこれからが混在した記憶の建物をひとつでもたくさん描きたいと思う。個展プランは、ある街のイメージと題して、これまでに見たいろいろな記憶の建物を絵で表現したい。
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長田
電子音楽からのイメージを表現した作品。子供の頃から親しんできたテレビゲームから独特のイマジネーションが生まれる。そのユニークなイメージをもとに作品をつくった。ある意味、小さな子供でも解るような単純明快な表現をめざしている。個展プランとしては、この表現をさらに発展させた作品を制作して展示したい。
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宴
内臓が好きだということもあって、母胎に宿った胎児から見た世界を曼陀羅の要素を用いて描いた。そこには少女に姿を変えた父や母、兄、弟がいる。仏教で曼陀羅は宇宙を表す図であるように、胎児にとっては家族が世界のすべてだという表現にしたいと思った。個展では内臓をテーマにした身体のすべてを作品にして出展したい。
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qp
紙という軽い材料で小さな立体をつくり、ちょっと不思議でユニークな物語を表現した。ピラミッド型に配置した展示で、その特殊な状況やユニークな関係性によって独特の物語が生まれる。一年後の個展のプランは、今回のような立体と平面の絵を使って、もっともっとユニークな物語を表現したいと思っている。
出品者10名のプレゼンテーションが終わったところで、「なぜ、プレゼンテーションがあるのでしょうか」という出品者の一人からの質問に答えるカタチで各審査員が説明することに。まず出品者としてグランプリを受賞した経歴を持つ檜山さんが「どんな思いや考えで作品をつくり出展したのか、作品の背景にあるものをプレゼンテーションで聞きたい」と言い、服部さんが「作者の話を聞くのは面白いこと。言葉で説明してもらうと、自分とは別の視点にも気付く。プレゼンテーションがある意義は大きいが、審査基準は作品勝負」と述べると、井筒さんも「作者が考えを言葉にするプレゼンテーションは聞いていて楽しい。ただ、審査の基準は作品で判断したい」と同じ意見。浅葉さんは「作品だけだと作者の顔や言葉がわからないので、公開審査方式は良いと思う」と同調。最後に大迫さんが「『ひとつぼ展』では、なぜ受かったのか、落ちたのかをオープンにしたかった。出品者がプレゼンテーションで自分の考えを言葉にする機会や、審査員がひとりひとりに対する印象を語る機会をつくることで、審査員と出品者と一般見学者が同じ場で過ごすことが当初の目的」と公開審査の意義を説明。ここで出品者ひとりひとりに対して審査員による意見の交換が行われた。
●「本当に自分が良いと思っているものを描いている人」
まず最初に、原田さんの作品について。
「できたら自分が住みたい部屋の絵を描いてほしかった。そのへんの訴えかけてくるものが乏しかった」と井筒さんが言えば、服部さんも「技法のおもしろさは見えてくるが、本人の世界観が感じられない」との意見。浅葉さんは「かなりキテいるが、もう一つ脱皮も必要」と言い、檜山さんが「品のある絵だが、絵を描く理由が見えてこなかった」と印象を語る。
次に、七字さんの作品について。
井筒さんが「この中で唯一、イラストレーションの王道を行っている作品。完成度も高いし、おもしろいことをやってくれた。願わくばもっと自由に伸び伸びと描いてほしかった」と評価すると、檜山さんも「色の使い方が秀逸で、すごく上手な人。ハッピーな感じのする絵だと思う」と同調。一方、浅葉さんは「女の子のキリヌキはいらなかったのでは」と展示に言及すると、服部さんも「今回の展示では本人と作品の距離が近づきすぎて失敗したのでは」と苦言。「ポートフォリオと展示作品の世界が違ったね」とは大迫さん。
続いて、YUKARINAさんの作品について。
「もっと自分の内側に入っていってもいいと思う」と井筒さんが言えば、「本当に自分が良いと思っているものを描いている人。本人の好きなものをもっとストレートに出せばさらに良いものが出来ると思う」と服部さん。檜山さんは「私の分類では感情派の人。少女のいたいけなハートを表現していると思う」と語り、浅葉さんが「今の時代を象徴している表現」と評価。大迫さんも「このまま描き続けてくださいという感じ」と続ける。
山下さんの作品について。
井筒さんは「うーん、理解できなかった」とコメントを控えた。「作品がまとまり過ぎていた」とは檜山さん。一方、浅葉さんは「新しいタイプの美人画とも言える。かなりキテいる」と評価すれば、服部さんも「かなり造形的におもしろい。美しいポートレートになっていて魅力的」と同意見。「ポートフォリオはかなり良いと思った」と大迫さん。
金子さんの作品について。
井筒さんが「かなり好きですね。そうとうイケてると思う。奇跡的でびっくりしている。ポートフォリオもすごく良かった」とベタ褒めすると、檜山さんも続いて「自分の作品を自分でディレクションする力がある人。ポテンシャルを感じる」と語る。浅葉さんは「完成度が高い」と言い、服部さんが「うまいと思うが、もう一つ突き抜けるパワーが弱い」、大迫さんも「うまいとは思うが、整理されすぎの印象も否めない」とパンチ力不足を指摘。
村井さんの作品について。
「あまり良いとは思わなかった」と言う井筒さんに続いて「技術的にマイナス点が目立った」と服部さん。浅葉さんも「おもしろい絵だが、良い箇所と悪い箇所のバラツキがある」と言えば、大迫さんは「ポートフォリオの印象より泥臭い」という印象。「上がりを意図してつくった作品なのか疑問」とは檜山さん。
堀川さんの作品について。
開口一番、浅葉さんが「これはもう絵画として完成している。難しいねえ、しかしパワーは感じるね」と言えば、井筒さんが「グラフィックアートとしてこの絵はどうだろう」と表現に疑問を投げる。「背景が単調だと思う。もっと工夫してほしかった」と檜山さんが言い、服部さんは「2枚の絵の出来に差があり過ぎると思う」と指摘する。
長田さんの作品について。
「何をやりたいのかが解らなかった」と大迫さんが言えば、井筒さんも「自分の絵のチョイスの仕方がわかっていないと思う。結果オーライ的な展示になってしまった」と分析。檜山さんは「作品とプレゼンテーションがかみ合っていない。理屈抜きで作品勝負をしてほしい」とプレゼンテーションに言及し、浅葉さんも「思いと作品のギャップがあり過ぎる」と同じ意見。服部さんは「かなり新鮮だった。表現の軽さがすごく良いなと思った」と好印象。
宴さんの作品について。
服部さんが「テーマが深く作業が緻密で、きれいだと思った」と言えば、「一枚の絵の中に次元の違うものがあって違和感をおぼえた」と大迫さん。「このテーマの絵を描くには描写力が足りないのが致命的になっている」とは井筒さん。浅葉さんは「うん、テーマは深いね。絵の中の顔の完成度を上げれば良くなると思う」と言い、檜山さんが「どの部分を自分のセールスポイ
ントにするのかを考えたほうがいい。描きたい表現をもっと突き詰めること」とアドバイス。
そして10人目、qpさんの作品について。
「ポートフォリオに入っていた平面の作品が良かっただけに立体だけの展示が物足りなかった」と言う井筒さんに対し、「この立体作品のセンスは現代的な表現で好き」と檜山さん。服部さんの「ポートフォリオのイラストが魅力的だっただけに残念」に対して、大迫さんは「この立体作品の不自由さ
●「今という時代にぴったり合っている感じがする」
出品者10人に対する意見交換が終わり、「それではみなさん、ご自分のベスト3を選んでください。この中で一年後に個展を見たい人は誰でしょうか」と大迫さんの合図でグランプリ候補を絞り込むことに。各審査員とも悩みながら、それぞれ3人ずつに投票。発表した結果は、
浅葉/YUKARINA 山下 金子
井筒/七字 金子 qp
服部/YUKARINA 山下 長田
檜山/YUKARINA 長田 qp
大迫/原田 山下 金子
これを集計すると、
YUKARINA/3票 山下/3票 金子/3票 長田/2票
qp/2票 原田/1票 七字/1票
この結果から、グランプリ候補は3票を獲得したYUKARINAさん、山下さん、金子さんの3人に絞られる。ここで、それぞれの応援演説をしてもらった。まず井筒さんが「個展を開くための完成度を現時点で持っているのは金子さん」と金子さんを強く推す。続いて浅葉さんが「ぼくは山下さんに個展をやってもらいたい」と山下さんを推せば、檜山さんは「YUKARINAさんには時代性があると思う。今という時代にぴったり合っている感じがする」とYUKARINAさんをイチ推し。「うーん」服部さんは悩み続けている。そこで「金子さんにはあまり驚かなかった。可能性を含めると山下さんが良いと思う」と山下さん派の大迫さん。今度は井筒さんが「YUKARINAさんは本人の中で完結していると思うので、展覧会への出品と結び付かない」と言い、さらに「山下さんの作品は写真の出力だと思う。どこかに自分の力で描くという作業がほしかった」と山下さんの作品制作の過程に言及。続いて檜山さんも「山下さんは個展を見据えた時に作品の広がりという点に対して不安。みんな同じ印象は否めない」との見解。山下さんを推していた浅葉さんと大迫さんからの反論はでてこない。すこしの沈黙があって大迫さんが「他に何か意見はありませんか」と議論を促すも、一同沈黙。「では議論も尽きたようですので、それぞれが1名を選びましょう」という大迫さんの進行で、いよいよグランプリの決選投票へ。各審査員が紙に書いた名前を大迫さんが読み上げる。金子さん、金子さん、YUKARINAさん、YUKARINAさん、YUKARINAさん…この時、審査員からも驚きの声が漏れ、「YUKARINAさん3票、金子さん2票という結果が出ました。グランプリは大逆転で、YUKARINAさんに決定しました」と大迫さんが高らかに宣言。会場がどっと沸き、見事グランプリに輝いたYUKARINAさんが「選んでいただけるとは思わなかったけど、伝えたいという気持ちがあれば、わかってくれる人がいると知りました。生きづらい世の中だと思っていたけど、そんなに悪い世の中でもないと思い直しました。どうもありがとうございました」と、まだ信じられないといった様子であいさつをして会場の拍手を浴び、公開審査会は終了した。
●「まさか自分が選ばれるとは思っていなかった」
惜しくも決選投票では1票差で涙をのんだ金子さんは「3、4ケ月かけて作品を制作してきて、今は終わったことでホッとしています。作品の仕上がりには満足。この表現をわかってもらえたのは収穫。いろんな話を聞けたことも良かったです。難を言えば、私は主婦なので6時スタートという開催時間が辛い。この後のパーティには出たいけど…」と苦笑い。そして、山下さんは「結果は残念だったけど、いい経験になりました。グランプリ作品は自分とはタイプが違って強いと思います」と納得顔。原田さんは「展示もプレゼンも思い通りできました。これが今の実力です」とサバサバした表情。七字さんは「ポートフォリオよりも展示作品が悪いというコメントに落ち込んだけど、現実として受けとめたいです。出品して良かった」と前を向く。村井さんは「いろんな意見を聞いて課題がわかりました。他の出品者との間に差を感じた」と謙虚な姿勢。堀川さんは「審査会が終わってホッとしています。作品の展示は会場に持ち込んでからが難しかった。中途半端なところがありました」と反省しきり。長田さんは「服部さんに推してもらってうれしかったです。もっと客観視したほうが良いとの意見が参考になりました」と納得の表情。宴さんは「勉強になりました。プレゼンは嫌いだけど、プレゼンすることで見えてきたものもありました。自分との闘いのキッカケにしたい」と何かをつかんだ様子。qpさんは「一年後の個展をやりたかったです。これからはアートとしてだけではなく、仕事としてのやり方も考えて行きたい」と悔しさ半分、今後も見据える。そして、見事グランプリに輝いたYUKARINAさんに今の率直な気持ちを語ってもらった。「私は金子さんか堀川さんかqpさんが選ばれると思っていました。まさか自分が選ばれるとは思っていませんでした。自分を信じて描き続けてきてよかったです。一年後の個展に向けて、これから毎日描き続けて腕を上げていきます。ぜひ、個展も見にきてください」と、おっとりとした口調の中にもしっかりとした主張が込められている。その本人のキャラクターこそ作品そのものという感じがした。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>